自分で家具を買う喜びが不幸に転じた理由

自由が丘での同棲を解消し、5歳の息子を連れて引越したのが目黒区碑文谷のマンション。目黒通りから少し入ったところにあり、ダイエーの大型店舗まで歩いて5分だった。すずめのお宿緑地公園やサレジオ教会といった名所も近く、静かで緑の多い環境はボロボロになっていた心を癒してくれる。

 

何より嬉しかったのは、好き勝手にインテリアをいじれること。父の愛人が置いていった洋服ダンスやドレッサーといった家具はあったけれど(流し台の下には梅干しの瓶まで)、初めて持つ自分のお城には買い足したいものがいろいろあった。とは言っても大してお金はないので、ダイエーの家具フロアーに行って安いものを探してくる。座布団は押し入れに引っ込めて、草木がプリントされたクッションを並べ、仕事用のコンポーネントステレオを置く低いチェストを買った。

 

残念なのはダイニングキッチンを除いては2部屋とも和室で、どう飾っても畳なのが垢抜けない。離婚後に南馬込のマンションから自由が丘へ持ってきた毛足の長いカーペットがあれば・・と思った。しかしその数十万円した輸入物のカーペットは、別れた同棲相手に盗られてしまって、「返して欲しい」と言おうにも相手は電話に出ない。新しい女と暮らす部屋に敷いているのかと思うと腹が立って眠れなかった。

 

 

眠れないなら行動に出る。奴に制裁を下してやろうと近くにある警察署に行き、被害届を提出することにした。パネルで囲まれたブースに通され、私はこれまでのいきさつを刑事に話したのである。調書に細かくメモを取った後、刑事が鼻で笑って言ったのは「同棲だったんでしょ。警察が介入するのは難しいね」。顔を赤くした私は甘ちゃんな自分を思い知り、カーペットはあきらめようとスゴスゴ退散した。

 

ところが数日後、その刑事から電話がかかってきた。もう少し詳しい話を聞きたいので、警察署の外で会えないかというのである。息子を鎌倉の実家に預け、その夜に渋谷の待ち合わせ場所へと向かった。入ったのは渋谷の安い居酒屋。「まあ飲みなさいよ」と日本酒を注がれ、緊張感が解けた私は悔しい思いの丈をぶちまけた。大っぴらに捜査はできないけれど、空いた時間には手助けできるかもしれないと言われたときは嬉しすぎた。憎いあの男が留置場に入っている姿を想像して、ざまあみろ!と勝ち誇った気分になったほどだ。

 

居酒屋を出ると、刑事は「もう一軒行こう」と元気よく励ましてくれる。裏通りを10分ぐらい歩いて、人通りが少なくなったところで私の手を引き、入ろうとした場所はラブホテル。恐ろしくて震えが止まらない私は猛ダッシュして、タクシーに手をあげ逃亡した。

 

 

マンションに戻り鍵を閉めても震えが止まらない。部屋の真ん中に正座して、畳の上に涙をポロポロとこぼした。なんて馬鹿だったんだろう、なんて世間知らずなんだろうと、私を騙した同棲相手以上に卑怯な刑事を憎んだ。今ならSNSに書けば大事件となって報道されたかもしれないけれど、携帯電話のない時代には、聞いてもらう相手さえいなかったのである。

 

そして翌日、実家に息子を迎えに行く前にダイエーに寄り、若草色の安いパンチカーペットを買った。畳の部屋に敷けば少しは見栄えが良くなるだろう。1階の日差しが入らない部屋でも、床の若草色が目に入れば気分が明るくなるだろうと、なけなしのお金をはたいたのだ。ダメな自分を立て直すには脇目を振らず働くしかないと、カーペットの上に置く小さな机を買い、石にしがみついてでも物書きとして生計を立てることに心を決めたのはこの時である。

 

それから10数年、急性腎炎で倒れるまで無茶ぶりな仕事に耐え続けたのだけれど、なんだか不幸すぎる話になってしまった。もちろんそれまでに幸せなことは沢山巡ってきたのだから、次のネタはもっと楽しい話を書くことにする。